ダイエットの先にある「健康」へのコミット――。次のステージを目指すRIZAPのトーク企画第8弾のゲストは元プロ野球選手の里崎智也さん。千葉ロッテマリーンズの2度の日本一(2005年、10年)に貢献し、06年の第1回ワールドベースボールクラシック(WBC)では日本代表の正捕手を務め、見事世界一に輝いた実績の持ち主。RIZAPトレーナーの新井純輝さんとともにトレーニング論について語り合った。司会はスポーツジャーナリストの二宮清純さん。
<ゼロからのフルパワー>
二宮清純: ユニークかつわかりやすい野球解説が評判の里崎さんです。
里崎智也: ありがとうございます。僕は感じたことを話しているだけなのですが、そう言っていただけて嬉しいです。
二宮: 今回、同席いただくRIZAPトレーナーの新井純輝さんは学生時代に野球をやっていたそうです。
新井純輝: 私からしたら里崎さんは神のような存在です(笑)。
里崎: それは言いすぎですよ(笑)。ポジションはどこだったんですか?
新井: 私もキャッチャーでした。
里崎: キャッチャーはポジション柄、かがんだ状態から一瞬で立ち上がり、送球するという動きが求められます。僕はゼロの状態から一気にフルパワーを出せるように意識していましたね。
二宮: 野手は走って捕球し、助走をつけて送球できます。しかし、キャッチャーは盗塁を阻止する、素早く捕球し、送球する。“静の状態”から100%の力を発揮することが求められます。
里崎: それに加え、送球では正確性も求められます。
二宮: 特にどの部位の筋肉が重要ですか?
新井: ほぼノーステップでボールを投げることが多いポジションです。土台となる下半身の筋肉が強靭でないと素早く次のプレーに移行できません。土台(下半身)をしっかり作り、さらに上半身と連動性を高めることが重要だと思います。
二宮: 相手チームの盗塁を阻止するための強肩も必要です。肩はトレーニングで鍛えられるのか、それとも生まれ持った素質に左右されるのでしょうか?
<可動域を広げる>
里崎: 十分、トレーニングで鍛えられますよ。みなさん、正しいフォームでキャッチボールをしないから、肩が強くならなかったり、肩を壊してしまうんです。あと、これは僕の持論なのですが……。
二宮: と、いいますと?
里崎: 試合中、外野手が50メートルも投げれば、長い距離を投げている方だと思います。キャッチャーに限って言えば、投げる距離はせいぜい約30メートル。この距離を速く強く正確に投げられるようにした方が試合では役立ちますよ。「120メートル、遠投できます!」という人がいますが正直、遠投のような肩の強さは必要ない(笑)。
二宮: なるほど(笑)。たしかにホームベースからセカンドベースまでは32.53メートルです。センターまで投げる必要はない。
里崎: ボールを捕ってから立ち上がるスピード。そして、少ない予備動作で強い球を正確に投げられるようにするトレーニング。これが重要です。
二宮: トレーナーの視点は?
新井: まずは肩のインナーマッスルの怪我防止のため、右肩より右ヒジが下がらないようにスローイングすること。続いて、ウォームアップの際にはしっかり肩を温めるようにと伝えます。
二宮: トレーニング面では?
新井: 肩甲骨の可動域を広げるトレーニングを推奨しています。四つん這いになり、左右の肩甲骨をグーッと近づけ、今度は両肩甲骨を離します。これを繰り返すだけでも可動域は広くなるんです。
二宮: トレーニングというよりストレッチに近いですね。里崎さんは現役時代、肩甲骨の可動域を広げるトレーニングを取り入れていたとか?
里崎: 晩年に取り入れました。つくづく感じるのは「トレーニングはどんどん、進化しているなァ」ということ。高校時代から野球界でも「ウェイトトレーニングを取り入れていこう」という動きがありました。その当時は、とにかく重たい物を持ち上げる、というトレーニングでした。
二宮: 確かに、“非科学的”なトレーニングもありましたね。
里崎: 野球界はそういった時代を経て「軽い物でも正しい動作で持ち上げることによってピンポイントで筋肉を鍛えられる」というトレーニングに移行していきました。そもそも体を正しく動かす知識がないのに無理やり重たい物を持ち上げ、筋肉をつけたい箇所を鍛えても意味がありません。
新井: 軽いダンベルでも鍛えたい箇所を意識しながら動かすだけで、随分効果が違いますからね。
里崎: 若返ってもう一度、やり直したらもっとすごい選手になれるんちゃうかな!? と思いますけど、当時はその程度の知識しかなかったので仕方ないです。
<スイングは最短距離で>
二宮: 里崎さんは“打てるキャッチャー”でした。打力向上のために意識したことは?
里崎: 打撃でも「基礎体力って重要なんやな」と思うことがありました。
二宮: 何がきっかけだったんでしょうか。
里崎: 2002年、出場数は少なかったのですが打率0割4分3厘と、打てないシーズンがありました。そこで思い切ってシーズン終了後、「翌年の春季キャンプまでバッティングの技術練習をしない」と決めたんです。
二宮: 一般論で言えば、技術練習をするべきですよね。どうしてそのような決断を?
里崎: もう一度、体を作り直そうと思い、技術練習にあてる時間をウェイトトレーニングに費やしたんです。
新井: 私の立場からすると、それは良い判断だったと思います。
里崎: やっぱりそうですか? 筋力がないと頭ではわかっていても、その通りに体が動かない。思い切って発想を変えてウェイトトレーニングに取り組みました。「これでダメなら、仕方ない」と腹をくくりました。
二宮: 思い切った方向転換でしたね。効果のほどは?
里崎: 次のシーズンの打率が3割1分9厘でした! みんな、うまくなりたくてバットを振って技術練習に励むのですが、まずはベースとなる筋力、体力がないと技術は身につきませんよ。
新井: 主にどこの部位を鍛えましたか?
里崎: 全身です。毎日、違う部位の筋肉を鍛えました。「本当にゼロから、体を鍛え直す」という覚悟で取り組みました。もちろん、ウェイトトレーニングの成果だけではないのですが翌年、打率が驚くほど良かったので、この判断は正解でした。
二宮: さきほど、新井さんは「良い判断」とおっしゃっていましたね。その根拠は?
新井: えぇ。打撃不振に陥ると、とにかくバットを振る練習に時間を割きがちですが、里崎さんは「本当にそれで課題が解決するのか」と冷静に判断できたわけですから、素晴らしい。細かく分析していくと、筋力が落ちて体がうまく使えていなかったりするんです。“基礎筋力”が低下すると体全体の連動性も低下してしまいますから。
里崎: おっしゃる通りでした。技術練習をしていなくても体が勝手にスムーズに動くようになるんです。当時のトレーナーと話し合って時間配分をウェイトトレーニングにあてたことが良かった。
二宮: 里崎さんの経験上、打つために最も必要な動作は?
里崎: バッターは無駄な動作なく最短距離でバットを出したい、スイングがしたい。なるべく反動をつけずにフルパワーを出せる体と、地面に足をついた時に体がぶれないように踏ん張る力が必要です。タイミングを外された時に、動作を一度ストップし、そこからバットを振りきれる力も必要です。だから「ウェイトはめちゃくちゃ大事や!」と痛感しました。
二宮: 特に近年、相手バッテリーは手元で動くボールや落ちるボールを駆使してバッターの態勢を崩そうとしてきます。
里崎: そこなんです。ギリギリまでトップの位置でバットをキープし、素早く出せないとボール球を振らされたり、ストライク、ボールの見極めも悪くなってしまうんです。
二宮: 言われてみると、メジャーリーグ歴代最多の762本塁打を放ったバリー・ボンズは反動をつけて打っているイメージがさほどない……。
里崎: メジャーリーガーはパワーがあるから反動を利用して打つ必要がない。固定した位置から最短距離でバットを振って打つのが一番の理想です。パワーがあればあるほど、無駄な動作を省けますから。
二宮: 専門家からすると、とりわけ、どの部位を鍛えるべきなんでしょう?
新井: まずはスクワットでの下半身の強化は絶対です。加えてストレートを待っていてカーブやチェンジアップでタイミングを外された時に体の軸がぶれずに態勢をキープできる体幹の強さが求められます。これらをベースにバッティングは回旋の動きも必要ですから、体をひねるようなトレーニングも取り入れたいですね。
<バレンタインの指導法>
二宮: 99年に千葉ロッテマリーンズに入団し、4人の監督のもとでプレーしました。テキサス・レンジャーズやニューヨーク・メッツで指揮を執ったボビー・バレンタイン監督の指導も受けました。日本人監督との違いは?
里崎: ボビーは自分の理論を押し付けないんです。ある程度、選手に任せてくれたし、自由を与えてくれたので僕はやりやすかった。日本人監督はすぐに「数」を聞くんですが、ボビーはそんなことなかった。
二宮: 具体的に言うと?
里崎: 日本人指導者に多いのは「何時間やった? 何球投げた?」と練習量で評価するんです。ボビーが監督の時、全体練習は短かった。その分、個人練習の時間を多く設けてくれる。自分の課題に取り組める時間が多かったですね。
二宮: 確かに日本人指導者は質よりも量で評価しがちな傾向がありますね。
里崎: はい。自分の目で見て「やらせている」というのを好むんでしょうね。ボビーは「好きにやっていいよ」という感じ。極端な話、やりたくなりなら帰ってもいいんです。結局、試合で結果を出せばいいんです。個人練習の時間を設けているから、自分で課題意識を持ってやりなさい、というスタンスでした。
新井: トレーナーとしても選手が「やらされている」と感じながらトレーニングをするより、自ら課題を見つけてトレーニングをする方が、より効果も表れるかな、と思います。
里崎: 長い時間をかけて全体練習をこなし、精神的に疲れた状態で個人練習に取り組むのですが、しんどかった……。ボビーの場合は心が元気な状態で個人練習に臨ませてくれました。
二宮: 心身ともにフレッシュな状態で課題に取り組めるのは選手にとってありがたいですね。
里崎: それに加えて、オフシーズンのスケジュールが違いました。他のチームは秋季キャンプを11月末あたりまでやるんです。年が明けて1月になり、自主トレーニングを始めないと……。そうすると1カ月くらいしかオフがない。心の充電が終わってないから「あぁ、もうやらないと……」という重たい気持ちで1月を迎えるんです。
二宮: ボビー体制時の千葉ロッテはどういうスケジュールだったんですか?
里崎: 10月を過ぎると秋季キャンプを切り上げ、完全オフです。年末になると「アレ、休み過ぎてんちゃう? オレ。練習やらなきゃ、ヤバイんちゃう?」と思い始める(笑)。そして「早く練習したい」となるんです。心の充電もばっちり終わっているから自発的に、前向きに自主トレに臨める。心の休養も大事だと思いましたね。
新井: 私も野球をやっていた頃は「やらされていたのかな」と。学生野球は泥臭さや練習量が大事だと言われていますがプロ同様、フレッシュな状態で課題意識を持ってトレーニングに取り組むことの方が重要です。指導していても「次はどのトレーニングをやれば? その次は?」と聞いてくるアスリートが多い。その向上心は素晴らしいのですが「まずはしっかりと休むことが大事」という話をします。
二宮: 休養と栄養、トレーニングはアスリートにとって成長のための3要素だと言われています。
里崎: ボビーは年間を通じたマネジメントがうまかった。他のチームは8月の暑い時期に疲弊するんですが、ロッテの選手は元気でした。4月、5月は休みが多かった。だから夏場でもフレッシュな状態でプレーできました。さすがに終盤になると休ませてくれませんでしたが「あぁ、疲れが溜まってきたなぁ」と思う頃には、ちょうどシーズンが終わっていました(笑)。
二宮: 開幕ダッシュを狙うチームは大体、夏にへばってしまうことが多い。ペナントレースは夏場過ぎからが勝負ですよね。そこに余力を残すチームマネジメントは理にかなっている。
里崎: 選手には休みを与え、自由な時間を設けてくれる分、結果を出さないとクビになってしまう、という緊張感もありました。プロですから当然です。僕はこちらのスタイルの方がやりやすかったですね。
二宮: 最後に、RIZAPにはどういう印象を抱いていますか?
里崎: 僕、めちゃくちゃ興味あるんですよ! RIZAPはゴルフの指導も行っていますよね?ゴルフもうまくなりたいし、もちろんボディメイクにも興味があります。
新井: 機会があれば、ぜひ!
<里崎 智也(さとざき・ともや)>
1976年5月20日、徳島県出身。鳴門工業高を卒業後、帝京大学に進学。98年のドラフト2位で千葉ロッテに入団。03年、規定打席未満ながら打率.319の成績を残し1軍に定着した。05年、プレーオフ最終戦で逆転タイムリーを放つなど日本一に貢献。06年、第1回WBCでは正捕手として活躍し世界一に貢献した。10年、レギュラーシーズン3位からクライマックスシリーズを勝ち上がり、「下剋上」で日本一を達成。14年シーズンで現役引退。通算1089試合、108本塁打、458打点、打率.256。ベストナイン、ゴールデングラブ賞2度受賞。
<二宮 清純(にのみや・せいじゅん)>
1960年、愛媛県生まれ。スポーツジャーナリスト。株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシング世界戦など国内外で幅広い取材活動を展開中。東北楽天ゴールデンイーグルス経営評議委員。日本サッカーミュージアムアドバイザリーボード委員。テレビのスポーツニュースや報道番組のコメンテーター、講演活動と幅広く活動中。